第1回 「人を育てる人事制度」で会社と社員を強くする

1.はじめに

社員の採用、育成、評価、そして給与決定…。「人」に関わる悩みは、多くの経営者様にとって尽きない課題ではないでしょうか。

  • 「採用活動をしても、なかなか良い人が来てくれない…」
  • 「せっかく採用しても、すぐに辞めてしまう…」
  • 「社員が受け身で、自ら考えて行動してくれない…」
  • 「頑張っている社員と、そうでない社員の間に差がつけられない…」
  • 「正直、社員をどう評価して、給与を決めれば良いか分からない…」

もし、このようなお悩みを一つでもお持ちでしたら、この先の内容がきっとお役に立てるはずです。

この記事では、「中小企業のための『人を育てる』人事制度策定マニュアル」をベースに、中小企業だからこそ導入すべき、社員一人ひとりを輝かせ、会社の成長に繋がる「人を育てる」人事制度について、全12回にわたって分かりやすく解説していきます。

第1回は、なぜ今、中小企業に独自の「人を育てる」人事制度が必要なのか? そして、従来の「脅し」ではない、新しい人事制度の考え方についてお話しします。

2.なぜ中小企業に独自の「人を育てる」人事制度が必要なのか?

「人事制度」と聞くと、大掛かりで複雑、大企業が導入するもの、といったイメージをお持ちかもしれません。確かに、世間で知られている人事制度、特に評価制度などは、往々にして大企業の仕組みを参考に作られていることが多いものです。

大企業の人事制度は、社員の能力や成果を細かく測り、「できる社員とできない社員」を区別する、いわば「格付け」を主な目的にしている場合があります。そして、その格付けをもとに給与や賞与を決めるという考え方です。

しかし、中小企業では、社員を区別してもあまり意味がありません。なぜなら、大企業のように社員数がそれほど多くない中で、社内で過度な競争をさせても、それが直接的に会社の利益向上につながるとは限らないからです。

むしろ、中小企業にとって本当に大切なのは、今いる貴重な社員一人ひとりの能力を最大限に引き出し、組織全体の力を高めていくことではないでしょうか。

だからこそ、中小企業にフィットした人事制度は、単に社員を評価し、給与を決めるためだけのツールではなく、「人を育てるためのしくみ」として設計されるべきなのです。社員の職務遂行能力を高めるための仕組みとして人事制度を作成・導入することが重要です。これからの時代、中小企業に求められる人事・評価制度は、社員が成長し、会社の利益に貢献する制度なのです。

人材が育つ仕組み、管理者が育つ仕組み、公正な評価と社員育成が連動した仕組み、そして会社の業績に見合った人件費となる制度が中小企業には必要不可欠です。「企業は人なり」と言われながらも、社員が十分に育っていない、管理者が育っていない、適切な給与配分ができずに社員のやる気に繋がっていない、といった課題に直面している企業は少なくありません。これらの課題を解決し、業績を向上させ、社員の働きがいを創出するためにも、人事制度の改革は企業の最重要課題の一つと言えるでしょう。人が育ち、能力を発揮することで、企業は成長します。これからの企業は、特別な一部の優秀な社員だけでなく、「普通の社員の力」を引き出し、それを会社の強みにすべきなのです。

3.「脅しの人事」から「育てる人事」へ

従来の評価制度に対して、「誰が優秀か、誰がダメか」を順位付けされ、それが直接的に給与に影響するというネガティブなイメージをお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。目標達成度や抽象的な評価項目が並び、その目的が主に給与を公正に決めることに終始していると感じられる制度は、社員への思いやりや育てる気持ちが全くない制度になっているように思えます。

このような評価制度の中には、行き過ぎた成果主義や業績主義に基づき、まるで社員を「脅している」ような感覚を与えてしまうものがあると指摘されています。成果を出せないと減給やリストラが待っているぞ、といったメッセージを感じさせる制度は、「脅しの人事・評価制度」と言えるでしょう。

しかし、人間は脅されて能力を最大限に発揮するものではありません。一時的に成果が見られることがあっても、長期的に見れば組織全体の力は高まらない可能性が高いのです。

また、過度な成果主義は、社員が目標を低く設定しようと考えたり、個人プレーに走ったり、社員同士の協力性が失われたりといった問題を引き起こしやすいと言われています。抽象的な評価項目は、評価者の価値観に判断が委ねられ、評価のバラつきを生む原因にもなります。

私が考える人事制度は、こうした「脅しの人事」とは全く異なります。目指すのは、社員の成長と能力発揮を積極的に後押しする「育てる人事」です。

「育てる人事」では、社員同士を社内で競争させるのではなく、会社の外、つまり同業他社の社員と競争して勝ち抜くという意識を組織全体で共有します。そして、評価の真の目的は、できる社員とダメな社員を選別することではなく、「より多くの社員が成長できる」ような仕組みを作り、それを実現することです。

いつも一部の優秀な社員だけが良い評価を受けるのではなく、数の多い「普通の社員」を優秀なレベルに引き上げ、そして「ダメな社員」を普通レベルに育てていくことが極めて重要です。組織の大多数を占める普通の社員が少しレベルアップしたり、課題を抱える社員が平均レベルに達したりすることが、組織全体のパフォーマンスを大きく向上させる原動力となります。

社員を育てるための評価制度とするためには、単に「結果」だけでなく、成果に繋がる「プロセス」、すなわち社員の具体的な行動や努力を適切に評価することが求められます。そして、会社として「どのような社員に育ってほしいのか」「期待する社員像」や、それぞれの成長段階(等級)で「どのような能力やスキルを身につけてほしいのか」を明確に示すことが不可欠です。何をすれば会社から評価されるのか、上のステップに進むためには何を頑張れば良いのかが分かれば、社員は自ら成長の方向性を見出し、主体的に努力するようになります。評価制度は、頑張ってくれた社員に公式に「ありがとう」と感謝を伝え、成果が出なかった社員には公式に「指導と叱咤激励」を行うための制度なのです。評価制度がないということは、経営者が社員の努力に対して無関心であると言っても過言ではないと言えます。

この「育てる人事」は、社員の働きがいを高め、「従業員満足度」や企業の社会的責任(CSR)の観点からも重要性を増しています。そして、「人は脅さないと働かない」「お金だけが人を動かす唯一の手段だ」といった古い考え方から脱却し、社員一人ひとりを「人」として尊重し、その潜在的な能力を引き出し、最大限に発揮してもらうことで、企業文化そのものをより良いものへと創り変えていくことにも繋がります。

この新しい人事制度の真の目的は、経営者や管理者に言われるままに動くのではなく、自ら考え、判断し、行動できる「自律社員」を育てていくことにあります。これからの時代、会社の成長と発展には、経営層だけでなく、一般社員や管理者の力が不可欠なのです。

4.「人を育てる」人事制度を構成する4つの柱(今後の連載で詳しく解説します)

「人を育てる」人事制度は、単一の仕組みではなく、以下の4つの制度が相互に連携し、機能することで最大限の効果を発揮します。今後の連載では、これらの柱を一つずつ掘り下げて詳しく解説していきます。

①資格等級制度(社内資格制度):

  • 社員の能力レベルや求められる役割を段階的に示し、「成長ステップ」を明確にする制度です。単なる社内でのランク付けではなく、各等級で「期待される能力」(職務遂行に必要な知識や経験)を明確に示すことで、社員が「この等級になるためには、何を身につければ良いのか」「次に何を学べば評価されるのか」を理解し、自らの能力開発目標を設定できるようになります。これは社員の能力向上目標として作成されます。
  • 等級数は、中小企業の実情に合わせて6段階または8段階程度とすることが適切とされています。

②行動評価制度:

  • 社員の業務遂行における行動や努力、勤務態度、能力の発揮度などを評価する制度です。
  • 単に結果である成果だけを評価するのではなく、会社が「期待する社員像」に基づき、成果に繋がるプロセスや、主体性、協力性、規律など、組織人として望ましい具体的な行動を評価します。何をすれば良い評価になるのか、どのような努力が期待されているのかを期初に明確に開示することが重要です。
  • 評価を通じて社員の成長を促すこと、そして管理職の部下育成能力を高めることが重要な目的となります。評価項目は、抽象的な表現ではなく、誰でも理解でき、目で見て評価できるような具体的な「着眼点」として示すことが求められます。

③能力開発制度:

  • 社員の能力向上およびキャリアアップを支援するための制度です。
  • すべての社員が年度初めに「個人目標」を設定し、それに対して上司がフォローする仕組みや、On the Job Training(OJT:職場内訓練)、通信教育、外部研修、社内集合研修、自己啓発など、様々な能力開発の機会を提供することを含みます。
  • この制度は「人を育てる」という目的に直結する重要な柱であり、人事制度の核となる制度と言えます。評価結果から不足している能力を補ったり、自己の目標を設定したりすることで、上の等級を目指す仕組みでもあります。能力向上なくして働きがいはないという考え方に基づいています。

④給与制度:

  • 資格等級と行動評価の結果に基づき、会社の利益状況(人件費予算)の範囲内で、公正に昇給額や賞与額を決定する仕組みです。
  • 給与は「年齢給」と「能力給」から構成される考え方が示されています。年齢給は年齢に応じた部分、能力給は職務遂行能力と努力度に応じて支払われる部分です。
  • 能力給は資格等級と評価によって決定され、頑張った社員に報いる仕組みとすることで、社員のやる気を引き出すことを目指します。人件費の増加が経営を圧迫しないよう、経営計画に基づく人件費予算の範囲内で昇給額を決定するシステムが推奨されています。

これらの制度は、それぞれが独立して機能するのではなく、互いに連携することで最大限の効果を発揮します。社員の成長ステップを示し(資格等級制度)、その過程での具体的な行動や努力を評価し(行動評価制度)、成長に必要な学習機会を提供し(能力開発制度)、そしてその努力や能力向上を公正な処遇(給与制度)に反映させる、という「人を育てる」ための一連のサイクルを作り出すのです。

5.この人事制度は誰が作るのか?

この「人を育てる」人事制度は、外部のコンサルタントや総務部門だけで一方的に作り、導入するものではありません。最も効果的に導入し、定着させるためには、プロジェクト方式で、経営者、幹部社員、管理職、そして現場の社員も巻き込みながら、自社の実情に合わせてゼロから、あるいは既存の制度を見直しながら作り上げていくことが推奨されています。

社員自身が制度の検討や設計プロセスに参加することで、制度への理解が深まり、運用がスムーズになり、制度が「自分たちのものだ」という意識が生まれます。このプロジェクトチームは、おおよそ6人から10人程度のメンバーで行うことが適切とされています。

導入までには、プロジェクトメンバーの選定、人事制度導入の意義の確認、フレームワーク(基本方針の明確化)、そして各制度の具体的な設計といった様々なステップがあります。この連載では、これらのステップも順を追って、中小企業の皆様にとって実践しやすいように解説していきます。制度作り自体が管理者研修にもなり、運用がスムーズになる効果も期待できます。

6.まとめ

今回は、「中小企業のための『人を育てる』人事制度」の基本的な考え方と、なぜ今この制度が必要なのかについてお話ししました。

  • 中小企業には、単に社員を格付けするためではなく、社員一人ひとりの能力を引き出し、「育てる」ための人事制度が必要です。
  • 新しい人事制度は、「脅し」ではなく、社員の自律的な成長と能力発揮を促す「育てる人事」を目指します。
  • 「育てる人事」は、資格等級制度、行動評価制度、能力開発制度、給与制度の4つの制度が連携して機能することで最大の効果を発揮します。
  • この制度は、経営者、管理者、そして社員も参加するプロジェクト方式で、自社の実情に合わせて作り上げていくことが成功の鍵となります。

「企業は人なり」。社員の能力向上と成長なくして、企業の持続的な発展は望めません。そして、社員が「この会社で働けて良かった」「もっと成長したい」と思えるような、働きがいのある企業文化を創り上げることが、これからの厳しい採用環境の中で、優秀な人材を惹きつけ、定着させることにも繋がるはずです。

次回は、実際に人事制度導入プロジェクトをどのようにスタートさせるのか、プロジェクトの「キックオフ」の準備と実施、そして人事制度の「フレームワーク(基本方針)」作りについて詳しく解説します。

投稿者プロフィール

石田厳志
石田厳志
木戸社会保険労務士事務所の三代目の石田厳志と申します。当事務所は、私の祖父の初代所長木戸琢磨が昭和44年に開業し、長年に渡って企業の発展と、そしてそこで働く従業員の方々の福祉の向上を目指し、多くの皆様に支えられて社会保険労務士業を行ってまいりました。
当事務所は『労働保険・社会保険の手続』『給与計算』『就業規則の作成・労働トラブルの相談』『役所の調査への対応』『障害年金の請求』等を主たる業務としており、経営者の困り事を解決するために、日々尽力しています。経営者の方々の身近で頼れる相談相手をモットーに、きめ細かくお客様目線で真摯に対応させていただきます。