第9回:行動評価制度の設計 (3) – 評価シートと着眼点
1.はじめに
前回は、資格等級制度の仕組みについて、社員の能力向上を「成長ステップ」としてどう可視化するか、そしてそのステップをどう決めていくのか、といった点についてお話しさせていただきました。社員一人ひとりが「次に目指すべき姿」を具体的にイメージできるようになることが、社員自身の成長意欲に火をつける第一歩だと考えています。
さて、資格等級制度で社員の能力の「ありたい姿」が見えてきたら、次に必要になるのが、その「ありたい姿」を目指す日々の努力や行動、そしてその結果としての成果をどう評価するか、という仕組みです。これが「行動評価制度」です。
人事評価というと、どうしても「社員の給与や賞与を決めるための査定」といったイメージが先行しがちかもしれません。もちろん、公正な処遇を実現するためには評価は不可欠です。しかし、私が提案し、皆様と一緒に作り上げていきたい行動評価制度の真の目的は、そこにはありません。
この行動評価制度の最も大切な目的は、「社員を育てること」です。
社員一人ひとりが、会社が期待する能力を身につけ、望ましい行動や努力をできるようになること。そのプロセスを支援し、後押しすることこそが、この制度の存在意義だと考えています。
今回は、この「社員を育てる行動評価制度」の核となる、「評価シート」と、評価の「着眼点」について、そしてその運用に欠かせない「評価者訓練」の重要性について、詳しくお話しさせていただきます。
2.評価シートの設計:何を、どのように評価するのか?
評価シートは、社員の皆様のどのような点に着目し、評価するのかを具体的に示したツールです。このシートを作る上での最初の、そして最も重要なステップは、「我が社の『期待される社員像』とは何か」を明確にすることです。
これは単なる抽象的な理想像ではありません。「こういう行動を取ってほしい」「こういう努力をしてほしい」といった、具体的で目に見える行動や努力を洗い出すことから始まります。
例えば、「積極的に顧客とコミュニケーションを取る」という期待像であれば、それを具体的な行動レベルに分解します。「朝一番に〇件の顧客に電話する」「週に△件の顧客訪問を行う」「顧客からの問い合わせには□時間以内に返信する」といった具合です。このような具体的な行動を言語化することで、「会社が自分に何を期待しているのか」が社員にとって明確になります。
次に、評価シートでどのような要素を評価するのかを決めます。この「人を育てる人事制度」では、基本的な評価要素として、以下の3つを挙げます。
①成果(成果に繋がる行動・努力): 業務遂行の結果や、成果に直結する行動や努力に焦点を当てます。
②勤務態度(組織人として好ましい行動・努力): 組織の一員として求められる基本的な行動や態度です。協調性や規律などが含まれます。
③能力(能力向上に繋がる行動・努力): 業務に必要な知識やスキル、それを習得しようとする向上心、仕事の計画性などが含まれます。
これらの評価要素を、社員の資格等級に合わせてシートに落とし込んでいきます。資格等級制度でお話ししたように、社員には成長のステップがあります。それぞれのステップ(等級)で期待される役割やレベルは異なります。
そのため、評価シートも等級別に作成します。一般的には、例えば1・2級用、3・4級用、5・6級用のように、いくつかの等級をまとめて3種類程度のシートを作成することが多いでしょう(8等級制の場合は4種類になることもあります)。
そして、この等級別の評価シートでは、先ほどの3つの評価要素「成果」「勤務態度」「能力」のウエイト(重要度)を変えることが重要です。
これは、それぞれの等級の社員に、会社として特に何を期待しているのかを明確にするためです。
- 例えば、入社間もない初級の社員(1・2級)には、まずは基本的なビジネススキルや組織の一員としての規律正しい勤務態度を身につけてほしいと考えるでしょう。ですから、この等級では「勤務態度」のウエイトを比較的高く設定することが考えられます。
- 中堅社員(3・4級)になれば、一人で多くの業務をこなし、成果を出すことが期待されます。同時に、後輩指導なども始まるかもしれません。この層では、「成果」や「能力」のウエイトを高めつつ、「勤務態度」もバランス良く評価する必要があります。
- 管理職やリーダー層(5・6級)になれば、個人の成果だけでなく、部署全体の成果や、部下育成、組織運営、そして将来に向けた計画立案など、求められる役割はより広範になります。この層では、「成果」や「能力」(特に管理・経営に関わる能力)のウエイトを高くし、「勤務態度」についても、部署全体の規範となるような行動を評価に加えることが適切でしょう。
このように、等級ごとにウエイトを変えることで、社員は自分が今いるステップで会社が何を最も重視しているのかを理解し、日々の業務で意識すべき点を明確にすることができます。
評価シートには、これらの評価要素ごとに、評価期間中の社員の業務遂行状況や行動、そして後述する「着眼点」に基づいて評価点を記入する欄があります。また、単なる点数だけでなく、評価の理由や、社員の強み、改善点などを具体的に記述できる「総合所見」や「具申事項」といった欄を設けることも重要です。 このコメント欄は、評価を単なる査定で終わらせず、育成に繋げるための非常に大切な要素となります。
3.評価の「着眼点」表の作成目的:なぜ、何を見るのか?
さて、評価シートで評価要素とウエイトが決まっても、「成果」や「能力」といった言葉だけでは、具体的に何をすれば良い評価になるのか、評価者によって基準がブレてしまうのではないか、といった疑問が残ります。
従来の抽象的な評価項目による評価では、評価者の主観が入りやすく、評価者によって甘くなったり厳しくなったり、あるいは期末近くの印象に左右されたり(期末効果)、一部の良い点・悪い点に引きずられたり(ハロー効果)といった「評価エラー」が起こりやすいという課題がありました。 これでは、社員は「なぜこの評価になったのか」が納得できず、不公平だと感じてしまい、評価制度への不信感に繋がりかねません。また、評価者側も、明確な基準がない中で評価を行うのは非常に難しい作業となります。
この課題を解決し、評価の「公正さ」と「納得感」を高め、そして「社員の成長」を強力に後押しするために作成するのが、「評価の着眼点表」です。
着眼点表は、それぞれの評価要素について、「どのような行動や状態であれば、S評価、A評価、B評価といった高い評価に繋がるのか」を、具体的かつ客観的に示すものです。
つまり、社員は評価される前に、この着眼点表を見ることで、「会社(上司)が自分に何を期待し、どのような行動をすれば良い評価が得られるのか」を事前に理解することができます。
これは、社員にとって非常に心強い「羅針盤」となります。「頑張ってはいるけれど、何を目指せばいいのか分からない」「上司が何を評価しているのか不明確だ」といった状態を解消し、日々の業務における目標や努力の方向性を明確にする助けとなるのです。着眼点表は、社員自身の成長目標そのものにもなり得ます。
また、評価者にとっても、この着眼点表は非常に重要なツールです。評価の際に、抽象的なイメージや個人的な感情に流されるのではなく、着眼点表に示された具体的な行動や事実に基づいて評価を行うことで、評価のブレを減らし、より客観的で公正な評価を実現することができます。
さらに言えば、この着眼点表は、単に評価基準を示すだけでなく、社員の「行動を変える」ことを目的としています。 「〇〇な行動をすれば良い評価に繋がる」ということが明確になれば、社員はその行動を意識し、実践しようとします。このように、着眼点表は社員の行動変容を促し、組織全体のパフォーマンス向上に貢献する可能性を秘めているのです。
着眼点表は、資格等級制度の仕事調べと同様に、部署ごと、あるいはいくつかの部署をまとめたグループごとに作成するのが一般的です。 なぜなら、部署によって求められる具体的な行動や成果は異なるからです。営業部の「成果」と製造部の「成果」では、当然その内容は違ってきます。それぞれの現場の実情に合わせて、最も重要な行動や努力項目を洗い出し、それを着眼点として設定します。
そして、評価の目的は「人を評価すること」ではなく、「人の行動・能力の弱点を明確にして、それを改善すること」であることを忘れてはなりません。 着眼点表は、社員の具体的な行動に焦点を当てることで、その行動の何が良く、何を改善すればさらに良くなるのかを、社員自身と上司が一緒に理解し、改善に向けた対話を始めるための基礎となります。
4.着眼点作成のポイント:具体的な表現の重要性
では、この重要な「着眼点」は、どのように作成すれば良いのでしょうか? 作成する際のポイントはいくつかありますが、最も大切なのは「具体的に、誰が見ても同じように解釈できる」表現を用いることです。
①数字で表現する: 可能であれば、数字を使って具体的に表現します。 例えば、「報告を適切に行う」ではなく、「日報を毎日午前中に提出する」「週に一度、会議で進捗を報告する」のように、頻度や時期を明確にしたり、「不良率を〇〇%以下にする」「顧客からのクレームを△△件以下に抑える」のように、達成目標や改善目標を数値で示したりします。数字を用いることで、評価基準はより客観的になり、達成度も明確になります。
②目に見える行動に焦点を当てる: 抽象的な概念や内面的な性格を評価するのではなく、外から観察できる具体的な行動を記述します。 例えば、「協調性がある」ではなく、「チームのメンバーと積極的に情報交換を行う」「困っている同僚に進んで声をかける」といった行動に着目します。「~しない」という否定的な表現よりも、「~する」という肯定的な表現を用いる方が、目指すべき行動が明確になります。
③建前ではなく、本音や実情に合わせる: 理想論だけでなく、現場のリアルな状況や、日々の業務で実際に重要となる行動、あるいは会社として本当に改善したい、強化したいと考えている点を、建前抜きで本音で記述することが、制度の実効性を高める上で重要です。
④S評価を出し惜しみしない: S評価の基準は、会社の期待を大きく上回る素晴らしい行動や成果に対して与えられるべきものです。達成が極めて難しい目標を設定するのではなく、「ここまでできれば、これは間違いなくSだね!」と社員が納得でき、かつ会社として称賛に値するレベルを設定することが大切です。 S評価が出にくい制度は、社員のモチベーションを低下させる可能性があります。
⑤等級別の違いを考慮する: 先ほど評価シートでも触れましたが、着眼点の内容も等級によって変える必要があります。
- 初級者(1・2級)には、日々の基本的な業務における正確さや迅速さ、報告・連絡・相談といった組織人としての基本行動、そして自己啓発への取り組みなど、日常の具体的な行動に関する着眼点を多く盛り込みます。
- 中堅社員(3・4級)には、個人の業務遂行能力だけでなく、担当業務における改善提案、チームへの貢献、後輩へのアドバイスなど、業績向上に繋がる重要な行動や、チーム内での役割に関する着眼点を加えます。
- 管理職・リーダー層(5・6級)には、部署やチームの目標達成に向けた戦略的な取り組み、部下育成の具体的な行動、他部署との連携、リスク管理など、組織運営や管理に必要な行動に関する着眼点を中心に設定します。
着眼点は、単に上から与えられるものではありません。可能であれば、社員自身や管理職が、日々の業務を振り返り、「どのような行動が成果に繋がったのか」「どのような行動がチームにとって望ましいのか」「どのような能力を身につける必要があるのか」といった点を話し合いながら、部署ごとに作り上げていくことが理想的です。 このプロセス自体が、社員の制度への理解と納得感を深め、主体的な行動を促すことに繋がります。
また、着眼点表には、S, A, B, C, Dの5段階すべての基準を細かく記述する必要はありません。例えば、S(特に優れている)、B(普通)、D(努力を要する)の3段階の基準を具体的に記述し、AとCはその中間と定義するといった方法でも十分でしょう。 あまり細かすぎると、作成も運用も煩雑になってしまいます。
着眼点は、一度作ったら終わりではありません。会社の状況や事業の変化、社員の成長段階に合わせて、定期的に見直し、改善していくことが重要です。
5.評価者訓練の重要性:人を育てる評価のために
評価シートと着眼点表が完成すれば、いよいよ行動評価制度を運用する段階に入ります。しかし、どんなに素晴らしい制度を設計しても、それを運用する「人」、すなわち「評価者である管理職やリーダーの皆様」が、制度の目的と評価の方法を正しく理解していなければ、制度は形骸化するか、あるいは社員の不信感を招きかねません。
人事評価制度は、良くも悪くも「両刃の剣」です。 運用次第で、社員のやる気と成長を促し、組織を活性化する強力なツールにもなりますし、逆に、社員の不満を募らせ、組織の士気を低下させる原因にもなり得ます。
「人が人を評価すること」は、非常に難しく、デリケートな作業です。 評価者には、評価基準を正しく理解し、主観や感情に流されず、客観的な事実に基づいて評価を行う高いスキルと、何よりも「部下を育てたい」という強い意識が求められます。
だからこそ、評価制度の運用開始前には、必ず「評価者訓練」を実施する必要があります。 これは、単なる制度説明会ではありません。
評価者訓練では、以下の点を重点的に学び、実践を通じて体得していきます。
①制度の目的と基本原則の理解: 「なぜ、この人事評価制度を導入するのか」「会社として社員にどう育ってほしいのか」といった、制度の根底にある考え方を深く理解します。 評価は単なる査定ではなく、「部下を育てること」であるという認識を共有します。
②評価基準(評価シート、着眼点)の理解: 評価シートの構成、評価要素のウエイト、そして特に重要な「着眼点」の内容を、部署ごとの具体例を交えながら詳しく説明し、評価者間で評価基準の解釈にブレがないように統一を図ります。
③具体的な評価方法の習得: 評価シートへの記入方法、着眼点に基づいた評価点の付け方などを学びます。実際に部下の評価シート(訓練用)を作成する演習なども行い、実践的なスキルを身につけます。
④評価エラーとその回避策: 評価者が陥りやすい様々な評価エラー(寛大化傾向、厳格化傾向、ハロー効果、期末効果、推測誤差など)について知識を深め、それぞれのエラーが評価結果にどう影響するか、そしてそれをどう回避するかを学びます。 特に、着眼点を活用することが、これらのエラーを減らす上で非常に有効であることを理解します。
⑤面接指導(育成面接)のスキル習得: 評価結果を部下に伝えるだけでなく、その評価になった理由を具体的に説明し、部下の強みや改善点を共有し、今後の成長に向けた目標設定や、上司としてどのような支援ができるのかを話し合う「育成面接」の重要性と方法を学びます。 これは、評価制度が「育成」に繋がるかどうかの鍵となるプロセスです。 ロールプレイングなどを通じて、実践的な面接スキルを磨きます。
評価者訓練は、一度行えば十分というものではありません。評価制度の運用を通じて出てきた課題や、評価者の疑問点を解消するために、定期的にフォローアップの訓練や、評価者間の情報交換の場を持つことも有効でしょう。
そして、評価者訓練の隠れた、しかし非常に重要な成果として、評価者自身の能力向上が挙げられます。 部下を正しく評価し、育成するためには、上司自身が部下の業務内容や能力を深く理解し、どのように指導すれば部下が成長するのかを考える必要があります。このプロセスを通じて、評価者である管理職やリーダー自身のマネジメント能力や人材育成能力が大きく磨かれるのです。
6.まとめ:成長を支援する評価制度を
今回お話しした評価シートと着眼点、そして評価者訓練は、社員を育てる行動評価制度を運用していく上で、どれも欠かせない要素です。
- 評価シートは、何を評価するのか、等級によって何に重きを置くのかを示し、
- 着眼点は、具体的な行動レベルで、どのような状態が良い評価に繋がるのかを明確にし、社員の目標設定と行動変容を促し、評価の公正さを高めます。
- そして、評価者訓練は、制度を運用する評価者が、その目的と方法を正しく理解し、「育てる評価」を実践できるようになるための、必須のステップです。
これらの要素が有機的に連携することで、人事評価制度は単なる査定ツールではなく、社員一人ひとりの成長を支援し、その努力を公正に報い、結果として組織全体の活性化と企業の持続的な発展に繋がる力強いエンジンとなり得るのです。
もちろん、制度を導入し、軌道に乗せるまでには、様々な課題や試行錯誤があるかもしれません。しかし、社員の皆様と一緒に、「どうすればもっと働きがいを感じられるか」「どうすればもっと成長できるか」を考え、対話を重ねながら、この制度を運用していくことが、必ずや皆様の会社にとって大きな財産になると信じています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。皆様の会社の人材育成と発展に、少しでもお役に立てれば幸いです。
投稿者プロフィール

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木戸社会保険労務士事務所の三代目の石田厳志と申します。当事務所は、私の祖父の初代所長木戸琢磨が昭和44年に開業し、長年に渡って企業の発展と、そしてそこで働く従業員の方々の福祉の向上を目指し、多くの皆様に支えられて社会保険労務士業を行ってまいりました。
当事務所は『労働保険・社会保険の手続』『給与計算』『就業規則の作成・労働トラブルの相談』『役所の調査への対応』『障害年金の請求』等を主たる業務としており、経営者の困り事を解決するために、日々尽力しています。経営者の方々の身近で頼れる相談相手をモットーに、きめ細かくお客様目線で真摯に対応させていただきます。
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