第7回:行動評価制度の設計 (1) – 目的と基本構造

1.はじめに

この「人を育てる人事制度」の解説ブログも、いよいよ7回目となりました。これまで、人事制度全体の考え方や、会社を強くするための人材育成の重要性についてお話ししてきました。

今回は、いよいよ人事制度の核となる「評価制度」の話に入っていきます。特に「行動評価制度」という、私の提案する評価の考え方について、その「なぜ」と「どうあるべきか」の基本構造をお話しさせていただきます。

多くの経営者が、人事評価制度について、どこか難しさや苦手意識を感じているのではないでしょうか。年に一度か二度、社員一人ひとりと向き合い、評価シートとにらめっこする時間。あれは、評価する側もされる側も、結構な負担ですよね。そして、苦労して評価を終えても、「本当にこれで良かったのだろうか」「社員は納得してくれたのだろうか」と、モヤモヤが残ることもあるかもしれません。

なぜ、人事評価はこれほど難しく、悩ましいものなのでしょうか? そして、どうすれば、その悩みを解消し、会社と社員の成長につながるような評価制度が作れるのでしょうか。

一緒に、その答えを探していきましょう。

2.従来の評価制度が抱える、中小企業にとっての「致命的な」問題点

まず、私たちがこれまで一般的に見聞きしてきた評価制度、あるいは、もしかしたら御社でも採用されているかもしれない従来の評価制度について、少し考えてみたいと思います。

従来の評価制度と聞いて、どのようなものを思い浮かべるでしょうか?

多くの場合、それは「成果主義」や「業績主義」と呼ばれるものではないでしょうか。売上目標の達成度、プロジェクトの成功率、コスト削減額など、目に見える「成果」や「業績」を基準に評価を行い、それによって給与や賞与を決めるという考え方です。

また、もう一つの大きな特徴として、「相対評価」があります。これは、社員同士を比較して順位をつける評価方法です。「誰が一番優れているか」「誰が劣っているか」という、いわば社員の「分類」を目的とした評価です。S、A、B、C、Dといった評価ランクを聞いたことがあると思いますが、これは多くの場合、この相対評価に基づいて、上位何パーセントがS、次にA、というように分布が決められます。

さらに、従来の評価は、過去の行動を年に1回か2回評価する形が多いですね。そして、往々にして「欠点探し」の評価になりがちです。評価項目も抽象的で、具体的に何をすれば良いのかが分かりにくいことも少なくありません。

これらの特徴を持つ従来の評価制度の「底流に流れるパラダイム」、つまり根本にある考え方は、どのようなものでしょうか?

それは、「成果を出せない社員には減給やリストラが待っているぞ」、「評価は上司や会社が行うもので厳しいものだぞ」、そして何より「社員を育てる気はないぞ」という、言ってみれば「脅し」の人事・評価制度になっているということです。

「脅しの人事」なんて聞くと、ギョッとするかもしれませんが、残念ながら、成果や業績といった目に見える結果だけを厳しく問い、それが達成できない社員には厳しい処遇が待っている、という仕組みは、社員にとって「脅されている」と感じられても仕方ありません。

確かに、一時的には成果主義が成功することもあるかもしれません。社員が「減給されたくない」「リストラされたくない」という恐怖心から、必死に頑張ることもあるでしょう。

しかし、考えてみてください。人は、本当に「脅されて」能力を発揮する生き物でしょうか?恐怖心からくる行動は、長続きするでしょうか? 私はそうは思いません。

そして、この「脅し」の考え方は、社員を単なる「材料」や「機械」のように「コスト」として捉えてしまうことにつながります。コストと考えれば、成果を出せない、つまり「費用対効果が低い」社員は、辞めさせるか、減給するか、という発想になってしまいます。これは、社員を育てようという考え方とは真逆の発想です。

さらに、中小企業にとって、この従来の評価制度には「致命的な」問題点があります。

それは、「振り分ける」こと、つまりできる社員とできない社員を区別したり、社員同士を比較して順位をつけたりすることに、あまり「意味がない」ということです。

なぜでしょうか?

大企業であれば、何千、何万という社員がいます。優秀な社員とそうでない社員を「振り分け」、適材適所に配置したり、競争を促したりすることに、もしかしたらメリットがあるのかもしれません。

しかし、社員数50人未満の小企業では、どうでしょうか? もともと「振り分ける」ほどの社員数がいないのです。数少ない大切な社員を、わざわざ「できる」「できない」で分類したり、社内で競争させたりすることが、本当に会社の利益に貢献するでしょうか? むしろ、社内での競争は、チームワークを損ない、協力体制を崩壊させてしまう可能性すらあります。

また、相対評価は「人が人を評価する」という行為の難しさを露呈させます。神様でない人間が、他の人間を完全に公正に評価するのは至難の業です。評価者の個人的な偏見(寛大化傾向、厳格化傾向など)、ハロー効果(一つの良い点や悪い点が他の評価に影響する)、期末効果(評価直前の行動が強く印象に残る)、推測誤差(観察に基づかない評価)といったエラーは避けられません。抽象的な評価項目では、評価者によって基準がバラバラになり、ますます不公平感が増します。欠点探しに終始すれば、評価される側は委縮し、評価する側も良い気分はしません。これでは、評価制度は単なる査定のための暗い制度になってしまいます。

中小企業の発展の原動力は、ビジネスモデルや戦略ももちろんですが、何より「社員の能力」が大きく影響します。これからの競争力は、戦略だけではなく、社員の能力にかかっているのです。そして、社員の「働きがい」という面から見ても、能力向上やキャリア形成への真剣な取り組みは不可欠です。新しい人材の採用が難しい今、既存の社員の能力を高め、長く活躍してもらうことが、どれほど重要か、経営者の皆様は痛感されているはずです。

つまり、中小企業で必要な人事制度、評価制度は、「選別」や「脅し」ではなく、社員を「育てる」ための仕組みでなければならないのです。

3.「育てる」評価制度の目的

では、「人を育てる」評価制度とは、具体的にどのような目的を持つべきでしょうか?

私の提案する人事・評価制度の根本にある考え方は、人を「コスト」ではなく「資産」と捉えることです。社員一人ひとりを会社の最も大切な資産と考え、その資産価値を高めることで、会社全体の利益を上げていこう、という考え方です。

この「育てる」評価制度の目的は、多岐にわたります。

まず、最も重要なのは、「社員全員により高い能力を身につけ、より良い社員に育ってもらう」ことです。評価は、この人材育成のための重要な手段として活用されなければなりません。

単に「評価する」ことが目的ではありません。評価は、あくまでも社員の能力や日々の行動を把握し、それを成長につなげるための手段なのです。

具体的には、評価結果を基に、昇格や昇給、賞与といった「公正な処遇」を実現すること、そして、その社員に不足している能力や改善すべき行動を明確にし、能力開発や部下育成に有効活用することが目的となります。上司にとっては、部下の能力を正しく把握し、育成につなげるためのツールとなるのです。

評価制度は、資格等級制度と組み合わせて運用されます。資格等級制度が社員の能力向上を示す「成長ステップ」であるとすれば、行動評価制度は、社員に会社として「望ましい行動や努力」を発揮してもらうことを促すものです。

「評価されるのはあまり気持ちの良いものではない」という気持ちと、「正当に評価されたい」という気持ちは、誰の中にも共存しています。この評価制度は、使い方次第で、社員のやる気と能力開発に大きく役立ち、働きがいを向上させる制度にもなりえます。まさに「両刃の剣」なのです。

この「両刃の剣」を「育成」というプラスの方向に向けるためには、評価する側と評価される側、双方の「前向きな気持ち」が不可欠です。そのためには、評価制度が「なぜ」行われるのか、その目的を社員全員が正しく理解することが非常に重要なのです。

社員を「育てる」という目的を明確に持つことで、評価制度は単なる「査定」から、社員の成長を後押しする「サポートシステム」へと変わるのです。

4.「望まれる社員像」「期待する従業員像」の明確化

「育てる」評価制度を設計する上で、非常に重要となる最初のステップがあります。それは、会社として「どんな社員に育ってほしいのか」「社員にどのような能力を身につけ、どのような行動をとってほしいのか」を明確にすることです。これを「望まれる社員像」「期待する従業員像」と呼びます。

従来の評価制度が、社員を「できる・できない」で分類することを目的としていたのに対し、新しい制度は、「具体的に期待される能力・経験、そして期待される努力・行動」を、会社が社員に「明示」するところから始まります。

考えてみてください。社員が「会社に貢献したい」「もっと成長したい」と思っていても、会社が具体的に何を求めているかが曖昧だったら、社員は何を目標に頑張れば良いか分かりませんよね。

「頑張ります!」と言われても、「何を」頑張れば良いのか、「どう」頑張れば良いのかが分からなければ、努力の方向を見失ってしまいます。

だからこそ、会社として「こんな行動をとってくれる社員が望ましい」「こういうスキルや経験を身につけてほしい」という姿を、具体的に示す必要があるのです。これは、単なる理想論ではなく、会社の経営方針や事業計画、そして将来の組織像を実現するために、社員一人ひとりがどのような能力を発揮し、どのような行動をとるべきか、という指針となるものです。

この「望まれる社員像」を明確にするプロセスは、人事制度策定プロジェクトの中で、プロジェクトメンバーを中心に進められます。まず、プロジェクトメンバーや管理者層に対して、「どんな部下、社員が望ましいか」といったアンケートを行います。

このアンケートでは、「性格」や「頭が良い」といった抽象的なことではなく、「具体的な行動や努力」を書いてもらうことがポイントです。例えば、「朝は始業時間の5分前に機械をスタートさせている」、「会議に出席するだけでなく、自分の意見を明確に述べる」、「お客様からの問い合わせに、マニュアル通りの回答だけでなく、一歩踏み込んだ提案をする」といったように、誰が見ても同じように理解できる、具体的な行動レベルで記述します。

このアンケート結果や、メンバー同士の議論を通じて、会社全体の「あるべき行動・努力」を具体的に明確化し、全社的な行動基準を決定していきます。これが、行動評価制度の「評価項目」の元となります。

さらに、この行動基準を、等級別や部門別に掘り下げて、「何をすればS評価なのか」「何をすればCやDなのか」という具体的な「着眼点」を明確にしていきます。これは、社員一人ひとりが、自分の等級や部署において、どのような行動や努力をすれば評価されるのかを理解するための、非常に重要なステップです。

例えば、「報告・連絡・相談」という評価項目があったとします。これを抽象的なままにしておくと、評価者によって基準がバラバラになります。しかし、これを具体的に「着眼点」として落とし込むのです。

例えば

  • S評価の着眼点:「指示された内容を正確に理解し、完了後速やかに結果を報告する。問題発生時には、解決策を提案しつつ、関係者にタイムリーに連絡・相談を行う。」
  • B評価の着眼点:「指示された内容は理解できるが、完了報告が遅れることがある。問題発生時には、上司に報告はするが、自分から積極的に相談したり、解決策を提案したりすることは少ない。」

といったように、具体的な行動レベルで「見える化」します。

この「着眼点表」を作成することで、評価者は「誰でも」評価がしやすくなります。評価の基準が明確になり、評価者によるバラつきや、抽象的な評価による不公平感を減らすことができます。そして何より、社員にとっては、この「着眼点表」が、日々の仕事の中で「何を意識し」「どのような行動をとるべきか」を示す「行動目標」となるのです。

この「望まれる社員像」「期待する行動・努力」の明確化こそが、「育てる」評価制度の出発点であり、社員が主体的に成長するための羅針盤となるのです。

5.「能力」と「努力(行動)」を分けて評価する考え方

「育てる」評価制度のもう一つの重要な基本構造は、評価対象を「能力」と「成果(または努力・行動)」に分解して考えることです。

従来の評価制度では、「成果」や「業績」といった結果が重視されがちでした。しかし、特に中小企業では、社員の「持っている能力」そのものと、その能力を「どのように使って」「どれだけ努力し、行動したか」というプロセスや姿勢も、同じくらい、あるいはそれ以上に重要です。

能力とは、その人が持っている知識やスキル、経験などを指します。これは、資格等級制度の基準となるものでもあります。一方、努力や行動とは、その人が日々の仕事の中で、目標達成に向けてどのような行動をとったか、どれだけ積極的に仕事に取り組んだか、といった姿勢や振る舞いを指します。

たとえば、同じ「営業」という仕事をしている社員がいるとします。

Aさんは、もともとコミュニケーション能力が高く、商品知識も豊富という「能力」を持っています。しかし、特別な努力や工夫をせず、言われたことだけをこなしているとします。結果として、それなりの成果は出るかもしれません。

Bさんは、もともとは口下手で商品知識も少なかったかもしれません。しかし、「もっとお客様に喜んでもらいたい」という思いから、毎日欠かさずロールプレイングの練習をしたり、始業時間前に今日の営業戦略を立てたり、お客様との会話の中から次のニーズを予測したり、といった「努力」や「行動」を重ねたとします。最初は成果が出なくても、努力を続けるうちに、能力が向上し、やがて成果に繋がるかもしれません。

従来の成果主義では、結果だけを見てAさんの方が評価が高くなるかもしれません。しかし、「育てる」という視点で見れば、Bさんの努力や行動こそ、会社として評価し、奨励すべきものではないでしょうか?

新しい評価制度では、評価要素として「成果」「勤務態度」「能力」の3つを基本とします。

「成果」は、目標達成度など、仕事の達成度合いを評価します。ただし、結果のみを評価するのではなく、その成果に至るまでの「プロセス」も評価することが大切です。

「勤務態度」は、協調性、規律、マナー、報告・連絡・相談といった、日々の仕事への取り組み姿勢や職場のルールを守る行動などを評価します。

「能力」は、知識・熟練度、創意工夫、向上心、計画力、段取力といった、職務を遂行するために必要な知識やスキル、それを活用する能力、そして自ら成長しようとする姿勢などを評価します。

この3つの評価要素について、それぞれ具体的な「着眼点」を定めます。そして、特に中小企業では、「具体的な行動や努力」に焦点を当てた評価を行います。能力そのもの(知識やスキル)だけでなく、その能力を使ってどのような「行動」をとったのか、どのような「努力」をしたのかを評価するのです。

例えば、「知識・熟練」という能力項目があったとします。単に「知識があるか」だけでなく、「その知識を活かして、新しい業務手順を提案した」とか、「自分の持つ知識を後輩に教え、部署全体のスキルアップに貢献した」といった、「知識を活かした行動」を評価の着眼点とします。

また、「成果」についても、単に売上目標達成率だけでなく、「成果に繋がるプロセス」を評価します。例えば、営業であれば、「目標達成に向けて、計画通りに顧客訪問を行った」、「顧客からのクレームに対し、誠実かつ迅速に対応し、信頼を回復した」といった、成果に繋がる具体的な行動を評価します。

このように、「能力」と「行動(努力)」を分けて評価し、特に具体的な行動に焦点を当てることで、社員は「自分がどう行動すれば、会社が求めている姿に近づけるのか」「どのように努力すれば評価されるのか」が明確に分かります。これは、社員自身が成長の方向を理解し、主体的に能力開発に取り組むための大きな助けとなります。

また、評価者にとっても、抽象的な「能力」そのものを推測するのではなく、具体的な「行動」を観察して評価する方が、より公平で的確な評価を行いやすくなります。

ただし、「性格」は人事評価の対象としてはなりません。明るい性格でも、暗い性格でも、それは評価の対象外です。評価するのは、あくまでも職務遂行に関わる「行動」と「能力」です。もし、性格が原因で業務に支障が出ている場合でも、評価するのは性格そのものではなく、その性格から派生した「行動」のマイナス点について、具体的に指導・改善を促す形をとります。

評価要素のウエイト付けは、等級によって変えることが一般的です。例えば、下級者は勤務態度に重点を置き、上級者になるにつれて成果のウエイトを高くする。管理職は、部下育成や管理・統制といった能力に重点を置く。このように、等級や職務内容に応じて、評価の重点を変えることで、より実態に合った評価が可能となります。

「能力」と「行動(努力)」を明確に区別し、特に具体的な行動に焦点を当てて評価すること。これが、「育てる」評価制度のもう一つの重要な柱となる考え方です。

6.最後に

第7回は、行動評価制度の目的と基本構造についてお話しさせていただきました。

従来の評価制度が抱える、中小企業にとっての「選別」や「脅し」といった問題点を理解し、なぜ「育てる」評価制度が必要なのか。

そして、「育てる」評価制度の出発点として、会社が社員に「どんな姿に育ってほしいのか」「どんな行動をとってほしいのか」を具体的に示すこと、つまり「望まれる社員像」「期待する社員像」を明確にすることの重要性。

さらに、評価対象を「能力」と「行動(努力)」に分け、特に具体的な行動に焦点を当てて評価する考え方について、お伝えしました。

これらは、単なる評価方法の変更ではありません。社員をコストではなく大切な資産と考え、その成長を通じて会社も成長していく、という経営の哲学そのものです。

難しく感じるかもしれませんが、大丈夫です。このブログ記事に沿って、一つずつステップを踏んでいけば、御社だけの「人を育てる」行動評価制度は必ず作れます。

次回は、この「望まれる社員像」「期待する行動」を具体的に「見える化」するための重要なツール、「評価の着眼点表」の具体的な作り方について、さらに詳しくお話しする予定です。

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

投稿者プロフィール

石田厳志
石田厳志
木戸社会保険労務士事務所の三代目の石田厳志と申します。当事務所は、私の祖父の初代所長木戸琢磨が昭和44年に開業し、長年に渡って企業の発展と、そしてそこで働く従業員の方々の福祉の向上を目指し、多くの皆様に支えられて社会保険労務士業を行ってまいりました。
当事務所は『労働保険・社会保険の手続』『給与計算』『就業規則の作成・労働トラブルの相談』『役所の調査への対応』『障害年金の請求』等を主たる業務としており、経営者の困り事を解決するために、日々尽力しています。経営者の方々の身近で頼れる相談相手をモットーに、きめ細かくお客様目線で真摯に対応させていただきます。