【第10回】出張の移動時間は給料が出る?社長が知るべき労働時間の境界線

1. 「出張の移動時間にも残業代を払うの?」という社長の疑問

「先生、来週うちの社員が遠方へ出張するんだけどさ。朝6時に家を出て新幹線に乗り、現地に9時に着いて夕方まで商談。帰りも新幹線で夜9時に家に着く予定なんだ。この移動時間の6時間分って、まさか残業代を払わなきゃいけないのかな? 移動中は新幹線で座っているだけなんだけど……」

地方出張や遠方への直行・直帰ががある会社では、こうしたご相談をいただくことがあります。 移動のために早起きし、夜遅くに帰宅する社員の労をねぎらいたい気持ちはあるものの、単に移動しているだけの時間にまで時間外手当(残業代)が発生するとなれば、出張のたびに会社の大幅なコスト増になってしまいますよね。

結論からお伝えします。新幹線や飛行機などの移動時間は、その時間を「自由に過ごせる」のであれば、原則として労働時間には当たりません。

ブログ連載第10回は、意外と知られていない「出張移動時間の法的な境界線」と、トラブルを防ぐために社長が知っておくべき実務のポイントをお話しします。

2. 原則:自由に過ごせる移動時間は「労働時間」ではない

まず、法律上の基本的な考え方から整理しましょう。

労働時間とは、「使用者の指揮命令下に置かれている時間」をいいます。

出張の際、新幹線や飛行機、バスなどの公共交通機関を利用して移動している時間帯は、席で本を読んだり、音楽を聴いたり、睡眠をとったりと、本人が基本的に自由に過ごすことができます。このように移動中の車内や機内で自由に過ごせる状態であれば、それは「労働時間」とは考えないのが原則です。

したがって、「移動時間を含めると1日12時間拘束されたから、4時間分の残業代を払ってほしい」と社員から請求されたとしても、移動時間自体が労働時間でなければ、残業代の支払い義務は発生しません。

3. 油断大敵!「労働時間」になってしまう3つのケース

ただし、「移動時間はすべて給料の対象外」と決めつけるのは危険です。 状況によっては、移動中であっても「使用者の指揮命令下に置かれている時間(=労働時間)」と判断される例外ケースが存在します。社長が特に注意すべき落とし穴は以下の3つです。

パターン①:移動中にモバイルPC等で「仕事をさせている」場合

新幹線や飛行機の中で「移動時間中にこの資料を作っておいて」「メールの返信対応をしておいて」と業務を命じたり、実質的に作業を強制したりしている場合は別です。移動中であっても自由に過ごせているとは言えず、社長の指示で仕事をしている時間(労働時間)とみなされます。

パターン②:会社の車(社用車)を自分で運転して移動する場合

電車や飛行機と異なり、「車の運転」そのものは集中力を要する操縦作業です。 会社の車を運転して出張先や現場へ向かう場合、乗っている時間は原則として労働時間になります。

パターン③:交代運転で運転していない時間

「車の運転なら、2人交代で交互に運転すれば、運転していない1人は休憩扱いでいいよね?」と考える社長もいらっしゃいます。 しかし、バスやトラックの交代運転などのように、目的地に到着するまでの間、運転していないもう1人が座席で休息や仮眠をとっていたとしても、休憩時間とはならず、労働時間として扱われる可能性があります。いつでも運転を交代できる態勢で乗車している場合、労働から完全に解放されているとはいえないためです。

4. 今日からできる具体的な一歩:出張旅費規程と出張手当(日当)の整備

移動時間が労働時間にならないからといって、早朝から夜遅くまで移動する社員の負担を放置していては、社員の不満が溜まり、離職につながりかねません。

法律上のトラブルを防ぎつつ、社員に報いるために、今日からできる対策は以下のステップです。

  • 「出張旅費規程」を作り、「出張手当(日当)」を支給する: 移動時間に対して残業代(給与)を払うのではなく、実費とは別に「出張手当(日当)」として一定額を支給するルールを作ります。出張手当は適正な旅費規程に基づいて支給することで、税務上の取り扱いにおいて給与とは異なる扱いができる場合があります。
  • 移動中の業務指示に関するルールを決める: 「移動時間は原則として自由時間とし、PC作業や電話対応は命じない」といった方針を社内に周知徹底します。
  • 移動手段のルール化: 長距離の社用車移動はなるべく避け、公共交通機関の利用を推奨するなど、安全面と労働時間管理の双方からルールを整えます。

なお、物品の運搬を伴う移動や、特殊な出張スケジュールなど、「うちの出張のケースは労働時間に当たるのか?」と判断に迷われた場合は、勝手に判断せず、必ず顧問の社会保険労務士などの専門家に確認してください。

5. まとめ

出張の移動時間は、「移動中に自由に行動できるかどうか」が労働時間か否かを分ける決定的なポイントです。

「移動=すべて残業代が必要」と誤解して怯える必要はありませんが、車移動や移動中の仕事命令といった落とし穴を放置すると思わぬリスクを抱え込みます。

正しくルールを整え、出張手当などで社員の頑張りに報いる仕組みを作ること。これこそが、トラブルを防ぎ、社員が安心して出張に挑める強い会社を作る知恵なのです。

投稿者プロフィール

石田厳志
石田厳志
木戸社会保険労務士事務所の三代目の石田厳志と申します。当事務所は、私の祖父の初代所長木戸琢磨が昭和44年に開業し、長年に渡って企業の発展と、そしてそこで働く従業員の方々の福祉の向上を目指し、多くの皆様に支えられて社会保険労務士業を行ってまいりました。
当事務所は『労働保険・社会保険の手続』『給与計算』『就業規則の作成・労働トラブルの相談』『役所の調査への対応』『障害年金の請求』等を主たる業務としており、経営者の困り事を解決するために、日々尽力しています。経営者の方々の身近で頼れる相談相手をモットーに、きめ細かくお客様目線で真摯に対応させていただきます。