【第11回】研修は「仕事」か「勉強」か?社長が知るべき労働時間の境界線

1. 「本人のためになる研修なんだから……」という社長の本音

「先生、うちの業界は覚えることが多くてね。土曜日に外部のセミナーや社内勉強会を開いて、若手に出てもらっているんだよ。もちろん本人のスキルアップや将来のためになる『勉強』なんだから、わざわざ手当なんて出さなくてもいいよね? 一応『自由参加』って伝えてあるしさ」

社長から、こうした声をよく伺います。 会社のお金で受講料を払ってあげたり、休日に成長の機会を提供してあげたりしている社長からすれば、「自分のために勉強しているのに、なぜ給料を払わなければいけないのか」と感じるのは、ごく自然な感覚かもしれません。

しかし、労務管理の視点からお伝えすると、この「自由参加の研修」という名目には、会社を揺るがす大きな落とし穴が潜んでいます。

ブログ連載第11回は、社長が良かれと思って実施している「研修・勉強会」が、法律上、労働時間とみなされる境界線についてお話しします。

2. 「自由参加」と言いつつ、来ないと責める空気はありませんか?

まず、法律上の基本的な考え方を押さえておきましょう。

業務上義務づけられておらず、社員が自分の意志で参加・不参加を決められる「完全な自由参加」の研修であれば、その時間は労働時間には該当しません。

しかし、ここに大きな罠があります。 たとえ社長が口頭で「自由参加だよ」と言っていたとしても、実態として以下のような状況があれば、法律上は「事実上の強制(命令)」とみなされ、労働時間(=給料や残業代を払うべき時間)と判断されてしまいます。

  • 不参加だと就業規則などでペナルティ(減給や評価ダウン)がある
  • 研修に出ないと日常の業務がこなせない仕組みになっている
  • 不参加だと社長や上司から責められたり、気まずい雰囲気になる

つまり、表面上の言葉ではなく、「社員に断る自由があるかどうか」という実態で判断されるのです。断ったら不利益を被るような「空気」が存在する時点で、それは勉強ではなく「会社からの業務命令」になります。

3. 入社前研修や残業代にも注意が必要

研修については、他にも社長が勘違いしやすいポイントがあります。

入社前の新人研修

「まだ正式入社前だから」と、内定者や新入社員に対して入社前に無給で研修を受けさせるケースがあります。 しかし、入社前であっても、研修担当社員の指示・監督の下にあったり、何らかの業務性があったりして「労働時間」と認められる場合は、会社はその時間について賃金を支払う必要があります。

時間外労働(割増賃金)の発生

原則として、1日8時間・1週40時間の「法定労働時間」を超える場合や、法定休日に研修を実施する場合は、当然ながら割増賃金(残業代や休日手当)の支払いが必要になります。 「自己研鑽だから基本給の範囲内」という理屈は通用しません。

もし退職した元社員などから「あの休日の研修は強制だった」と労働基準監督署に相談・申告された場合、過去に遡って多額の割増賃金の支払いを求められるリスクがあります。

4. 今日からできる具体的な一歩:研修の「線引き」をはっきりさせる

トラブルを未然に防ぎ、社長と会社を守るために、今日からできる対策は「研修の性質を2つに明確に分けること」です。

① 業務に必要な研修(必須)

仕事に不可欠な知識・スキルの習得や、社長が参加を求めているものは、素直に「業務」として扱います。

  • 原則として所定労働時間(勤務時間内)に実施する。
  • やむを得ず時間外や休日に実施する場合は、タイムカード等で時間を記録し、正しく時間外手当を支払う。

②.完全な自己研鑽(任意)

本人のステップアップのための勉強会などは、一切の強制力を排除します。

  • 「不参加でも人事評価や給料に一切影響しない」ことを社内に明確に伝える。
  • 不参加の社員が出ても、決して責めたり不利益に扱ったりしない。

もし、「うちのこの勉強会はどっちに当たるのだろう?」「自社に合わせた研修手当のルールを作りたい」と迷われた場合は、勝手に判断せず、顧問の社会保険労務士などの専門家に確認することをお勧めします。個別のケースや指示の実態によって判断が分かれるためです。

5. まとめ

社員の成長を願う社長の情熱は素晴らしいものです。しかし、その善意がルールの曖昧さによって「サービス残業の強制」と受け取られてしまっては、お互いにとって悲しい結果になってしまいます。

「業務に必要な学びは、会社のコストとして時間内に提供する」。 このメリハリをつけることが、社員のモチベーションを高め、不必要な労務トラブルから会社を守る最強の防具になるのです。

投稿者プロフィール

石田厳志
石田厳志
木戸社会保険労務士事務所の三代目の石田厳志と申します。当事務所は、私の祖父の初代所長木戸琢磨が昭和44年に開業し、長年に渡って企業の発展と、そしてそこで働く従業員の方々の福祉の向上を目指し、多くの皆様に支えられて社会保険労務士業を行ってまいりました。
当事務所は『労働保険・社会保険の手続』『給与計算』『就業規則の作成・労働トラブルの相談』『役所の調査への対応』『障害年金の請求』等を主たる業務としており、経営者の困り事を解決するために、日々尽力しています。経営者の方々の身近で頼れる相談相手をモットーに、きめ細かくお客様目線で真摯に対応させていただきます。