【第09回】朝礼・掃除は「サービス」じゃない?社長を守る労働時間の新常識

1. 「掃除や朝礼は仕事以前のマナー」という社長の美学

「先生、うちの社員は本当に立派だよ。毎朝、始業の20分前には全員揃って、自発的に事務所の掃除と朝礼をしてから仕事にかかっている。もちろん、これは『社会人としてのマナー』だから、給料の対象にはしていないけど、彼らも納得しているし、いい伝統なんだよ」

小企業の社長から、こうした誇らしげな声を伺うことがよくあります。 社長にしてみれば、職場を清め、心を一つにしてから一日を始めるのは、美しい日本のビジネス習慣であり、従業員の「自発性」や「やる気」の表れだと感じることでしょう。

しかし、労務管理のプロの目から見ると、この「美しい光景」は、いつ爆発してもおかしくない未払い賃金の不発弾に見えてしまいます。 結論からお伝えします。たとえ社長が直接「早く来い」と命令していなくても、その掃除や朝礼の時間は、法律上「労働時間」とみなされる可能性があります。

ブログ連載第9回は、小企業の社長が最も「当たり前」だと思い込み、最も足元をすくわれやすい「労働時間の境界線」についてお話しします。

2. 「黙示の指示」―法律は社長の「本音」を見抜く

まず、法律が定義する「労働時間」とは何かを再確認しましょう。 労働時間とは、単に作業をしている時間ではなく、「労働者が使用者の指揮監督下にある時間」を指します。

ここで重要になるのが「黙示(もくし)の指示」という考え方です。 これは、「社長が言葉に出して命じていないけれど、実質的には強制されている」状態のことです。

例えば、以下のようなケースは「黙示の指示」があったとみなされ、労働時間(給料を払うべき時間)と判断されます:

  • 始業前の掃除や朝礼: 参加しないと気まずい雰囲気がある、あるいは社長がチェックしている。
  • 終業後の後片付け: 次の日の準備のために不可欠な作業で、やらずに帰ることは許されない。
  • 月1回の棚卸し: 慣例として全員で行うことになっており、残業代をつけていない。
  • 制服の着替え: 会社で着替えることが義務付けられており、着替えを終えないと業務を始められない。

社長が「自主的だ」と言い張っても、従業員が「参加しないと怒られる」「みんなやっているから断れない」と感じていれば、それは立派な業務命令なのです。

3. 「積もり積もった数分」が請求書に変わる恐怖

「たかが15分の掃除くらいで、細かすぎるよ」と思われるかもしれません。 しかし、小企業の社長が最も警戒すべきは、この「短時間の積み重ね」です。

例えば、朝の掃除と朝礼で毎日20分、サービスで行っていたとします。 従業員が5人の会社なら、1日で100分。1か月(20日稼働)で約33時間。 これが3年分積み重なると、約1,200時間分の給料になります。 さらに割増賃金が加算されれば、数百万円単位の「未払い賃金」として、ある日突然、弁護士や労働基準監督署を通じて請求されるリスクがあるのです。

特に関係が悪化して退職した元従業員が、「あの掃除の時間は、実は強制だった」と主張し始めたとき、会社側に「自由参加であり、不参加でも一切の不利益はない」という明確な証拠がなければ、社長は非常に苦しい立場に追い込まれます。

4. 今日からできる具体的な一歩:時間の「公私混同」をなくす

このリスクを回避し、社長と会社を守るために、今日からできる対策は以下の3つです。

  • 打刻のタイミングを「入室時」に変える: タイムカードを「掃除を始める前」に押させるようにしてください。掃除や朝礼も業務の一部として正当に認め、その分の賃金を払うのが、最もシンプルで確実な防衛策です。
  • 「本当に自由参加」であることを明確にし、実態を伴わせる: もし本当にマナーとしての自主性を重んじるなら、「掃除や朝礼への参加は完全に自由です。参加しなくても評価や賃金に一切影響しません」と書面(就業規則等)で明文化してください。その上で、実際に時々参加しない人がいても、社長がニコニコ笑って受け流す「実績」が必要です。
  • 掃除を「労働時間内」に組み込む: 例えば9時始業なら、9時から9時15分を「清掃・朝礼タイム」として、正式な業務スケジュールに組み込んでしまいましょう。これで「隠れ残業」のリスクはゼロになります。

なお、社内勉強会や研修についても、実質的に強制参加であれば労働時間となります。 「うちのこの慣習は労働時間に入るのか?」と少しでも迷われたら、個別の事情によって判断が異なるため、顧問の社会保険労務士などの専門家に確認することをおすすめします。

5. まとめ

社長が当たり前だと思っている「社会人としてのマナー」や「伝統」は、法律のモノサシで測ると「未払い残業」という毒に変わることがあります。

「仕事に関連する時間は、たとえ数分でも給料を払う」。 このシンプルな原則を徹底することこそが、従業員との信頼関係を裏切りから守り、社長が安心して本業に邁進するための「最強の護身術」になるのです。

投稿者プロフィール

石田厳志
石田厳志
木戸社会保険労務士事務所の三代目の石田厳志と申します。当事務所は、私の祖父の初代所長木戸琢磨が昭和44年に開業し、長年に渡って企業の発展と、そしてそこで働く従業員の方々の福祉の向上を目指し、多くの皆様に支えられて社会保険労務士業を行ってまいりました。
当事務所は『労働保険・社会保険の手続』『給与計算』『就業規則の作成・労働トラブルの相談』『役所の調査への対応』『障害年金の請求』等を主たる業務としており、経営者の困り事を解決するために、日々尽力しています。経営者の方々の身近で頼れる相談相手をモットーに、きめ細かくお客様目線で真摯に対応させていただきます。