【第07回】着替えは「給料外」の誤解!社長を守るための労働時間の新常識
1. はじめに
「先生、うちの職人はみんな真面目でね。始業の15分前には作業着に着替えて、現場に出る準備を整えているんですよ。もちろん、その時間は『準備』なんだから給料は発生しない。これがこの業界の当たり前だよね?」
数人のベテラン職人を抱える建設会社の社長が、誇らしげに語ってくださいました。従業員が自主的に早めに来て準備をする姿は、経営者として頼もしく、信頼関係の証のように感じるものです。
しかし、労務管理の視点から見ると、この「当たり前」の中に、会社を揺るがしかねない巨大なリスクが潜んでいます。結論からお伝えしましょう。会社が制服や作業着の着用を義務付けている場合、その着替えの時間は、法律上「労働時間」とみなされる可能性が極めて高いのです。
ブログ連載第7回は、多くの社長が「まさか」と驚く、着替えの時間と残業代の危うい関係について解説します。
2. どこからが「仕事」か?法律のモノサシ
まず、法律が定める「労働時間」とは何を指すのかを整理しましょう。
労働時間とは、単に「実際に作業をしている時間」だけではありません。正しくは、「労働者が使用者の指揮監督下にある時間」のことを言います。 つまり、社長の指示によって、従業員が自分の思い通りに動けない状態にある時間は、すべて労働時間としてカウントされるのです。
たとえ機械を動かしていなくても、会議が始まるのを待っている時間や、資材の到着を待って待機している時間も労働時間に含まれます。この考え方を「着替え」に当てはめると、非常に分かりやすくなります。
3. 「制服着用が義務」なら、それはもう仕事です
社長が「仕事をするには必ずこの服に着替えなさい」と決めている場合、従業員は社長の指示に従って着替えを行っています。 この場合、始業前に作業着に着替え、保護具などを装着し、現場へ移動するまでの時間は、仕事の一環として「労働時間」となります。 同様に、仕事を終えた後に作業着から私服に着替える時間も、仕事のうちに含まれます。
「たかが5分、10分のことじゃないか」と思われるかもしれません。しかし、この「数分」が恐ろしいのです。
例えば、朝晩の着替えで合計15分の時間がかかるとします。 従業員が5人いれば、1日で1時間15分。 1ヶ月(20日稼働)で25時間。 これが3年分(時効を考慮)積み重なると、なんと900時間分の「未払い賃金」に化けるのです。 もし1人でも不満を抱いて労働基準監督署に相談に行けば、会社は遡って多額の支払いを命じられるリスクを背負うことになります。
4. 「暗黙の了解」も指揮監督とみなされる
「うちは強制はしていない。みんな勝手に早く来て掃除や着替えをしているだけだ」という主張も、実務上は通用しないことが多いのが現実です。
たとえ社長が直接「早く来い」と言っていなくても、始業時刻にすぐに作業を始められる状態でなければ怒られる、あるいは始業前の掃除が慣例になっているような場合は、「黙示の指示(暗黙の了解)」があったとみなされます。 このように、会社と従業員の間の暗黙のルールで行われている業務も、労働時間として認められ、賃金を支払う義務が生じます。
掃除や朝礼、終業後の片付けなど、社長が「サービス」だと思っている時間は、法律上はすべて「賃金を支払うべき時間」であることを忘れてはいけません。
5. 今日からできる具体的な一歩:ルールの再定義
「じゃあ、全部に残業代を払わないといけないのか?」と頭を抱える必要はありません。会社を守るために、今日からできる対策はいくつかあります。
- 着替えを「自由」にする: もし可能であれば、自宅から作業着で通勤することを認め、「会社で着替えなければならない」という義務を外す方法があります。強制でなければ、それは労働時間にはなりません。
- 始業時刻・終業時刻を見直す: 着替えの時間(例えば前後10分ずつなど)をあらかじめ勤務時間の中に組み込み、その分を含めてシフトを組む、あるいは着替えが終わった後にタイムカードを押すのではなく、入室時に押すルールに変更します。
- 1分単位での管理を意識する: 労働時間の端数を「15分単位で切り捨てる」といった処理は原則認められません。 チリも積もれば山となるリスクを最小限にするため、正確な時間を把握する姿勢を持つことが大切です。
ただし、職種や作業環境によっては、「安全管理上、どうしても現場で着替える必要がある」といった個別具体的な判断が求められます。 「うちの場合はどう扱えばいいのか?」と迷われたら、勝手に判断せず、必ず顧問の社会保険労務士などの専門家に確認してください。
6. まとめ
着替えの時間を労働時間として認めることは、一見するとコスト増に見えるかもしれません。 しかし、曖昧なままにしておき、将来「未払い賃金」として一気に請求されるリスクに比べれば、今のうちに正当なルールを整えておく方が、会社と社長の資産を確実に守ることにつながります。
適切な労務管理は、従業員との信頼関係をより強固にし、社長が安心して経営に専念できる環境を作るための「保険」なのです。
投稿者プロフィール

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木戸社会保険労務士事務所の三代目の石田厳志と申します。当事務所は、私の祖父の初代所長木戸琢磨が昭和44年に開業し、長年に渡って企業の発展と、そしてそこで働く従業員の方々の福祉の向上を目指し、多くの皆様に支えられて社会保険労務士業を行ってまいりました。
当事務所は『労働保険・社会保険の手続』『給与計算』『就業規則の作成・労働トラブルの相談』『役所の調査への対応』『障害年金の請求』等を主たる業務としており、経営者の困り事を解決するために、日々尽力しています。経営者の方々の身近で頼れる相談相手をモットーに、きめ細かくお客様目線で真摯に対応させていただきます。
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