第01回:「1人でも雇ったらアウト?」社長が知るべき労務管理の守備範囲
1. はじめに
「日々、営業や現場、資金繰りに走り回り、労務管理なんて後回し……」そんな社長も多いのではないでしょうか。しかし、「うちは数人の家族経営だから、労働基準法なんて関係ない」という思い込みこそが、実は会社を揺るがす最大の不発弾かもしれません。
今日から始まるブログ連載「社長、その労務管理、実は危ないです!」では、30人未満の小規模企業の経営者が陥りやすい「労務の落とし穴」を、全60回にわたって徹底解説していきます。
記念すべき第1回は、すべての基本となる「労働基準法の守備範囲」についてです。
2. 「うちは小さいから」は法律には通用しません
多くの社長が抱く最大の誤解、それは「従業員が少なければ労働基準法は守らなくていい」というものです。
しかし現実は非情です。原則として、日本国内で従業員を1人でも雇う場合は、どのような企業であっても労働基準法が適用されます。
資本金がいくらであろうと、まだ法人化していない個人事業主であろうと関係ありません。社長が誰かを使い、その対価として賃金を支払っていれば、社長は法律上の「使用者」となり、雇われた人は「労働者」となります。
唯一、この守備範囲から外れるのは「同居の親族のみ」を使用する事業や、家事使用人(家政婦さんなど)に限られています。つまり、親族以外の「赤の他人」を1人でも雇ったその日から、社長には労働基準法を守る義務が生じるのです。
3. 「合意」よりも「法律」が強いという現実
多くの社長が驚かれるのが、「本人と話し合って、納得してもらったから大丈夫」という理屈が通用しない点です。
「社長、うちは給料を少し高めにしてくれるなら、残業代はいりませんよ」 そんな従業員の言葉に甘えて、握手を交わした経験はありませんか?
労働基準法で定められたルールは「強行規定」と呼ばれます。これは、たとえ社長と従業員の双方が納得して合意し、契約書を交わしたとしても、法律の基準を下回る部分は「無効」になるという恐ろしい力を持っています。
もし法律の基準に達しない労働契約を結んでしまった場合、その部分は無効となり、自動的に「労働基準法で定められた基準」と同じ契約を結んだものとみなされます。
後から人間関係がこじれ、従業員が労働基準監督署に駆け込んだ際、「あの時は納得していたじゃないか!」という社長の主張は、法律の前では無力です。「法律=最低限守らなければならないライン」であり、そこを割ることは誰との合意があっても許されないのです。
4. 「パート」「外注」という呼び名に潜むリスク
次に注意すべきは、「正社員じゃないから大丈夫だろう」という思い込みです。
労働基準法は、正社員、パート、アルバイト、契約社員、嘱託社員など、名称や呼称に関係なく、賃金を支払って雇っているすべての人に一律に適用されます。
さらに、最近増えている「外注(業務委託)」という形式にも落とし穴があります。 契約書の名目が「業務委託契約」や「請負」であっても、実態として社長の指揮命令を受けて働いているのであれば、法律上は「労働者」とみなされます。
もし「労働者」と認定されてしまえば、後から未払いの残業代や有給休暇、社会保険料などを遡って請求される大きなリスクを背負うことになります。契約書のタイトルよりも、「実際にどう働かせているか」という実態が重視される点を、経営者として肝に銘じておかなければなりません。
5. 今日からできる具体的な一歩:条件の明示
「法律が厳しいのは分かった。でも、明日から何をすればいいんだ?」 そう感じた社長は、まず、お金をかけずに今すぐできる「労働条件を書面で伝える」ことから始めましょう。
従業員を雇う際には、以下の重要な項目を必ず書面(または本人が希望すればメールなど)で交付しなければなりません:
- いつまで働くか(契約期間)
- どこで、どんな仕事をするか
- 何時から何時まで働くか(休憩や休日、残業の有無)
- 給料はどう決まり、いつ支払われるか
- 辞めるときのルール(解雇の事由など)
さらに2024年4月からは、就業場所や業務内容について「将来的に変更される可能性がある範囲」についても明示が必要になるなど、ルールが改正されています。
多くのトラブルは「言った言わない」の食い違いから始まります。「うちは家族みたいなもんだから」という甘えを捨て、これらの条件を記した「労働条件通知書」を交付することが、社長自身を守る最初の盾になります。
6. まとめ:労務管理は「会社を守るための投資」です
労働基準法は、社長を縛り上げるための鎖ではありません。「どんな条件で働くのか」を明確にし、お互いの信頼関係を築くための共通言語です。
1人でも雇ったら、そこはもう立派な「職場」です。 適切な労務管理を整えることは、単なる義務の遂行ではなく、以下のメリットをもたらします。
- 無用なトラブルや訴訟を防ぎ、社長が本業に専念できる環境を作る
- 「働きやすい会社」として信頼を築き、優秀な人材の定着につなげる
適切な労務管理は、巡り巡って「従業員が働きやすい会社は伸びる」という成長のサイクルを生み出します。
もし、「うちの今の契約は大丈夫だろうか?」「このケースは例外に当たらないか?」と少しでも不安に思われたら、早めに顧問の社会保険労務士などの専門家に確認することをお勧めします。
「社長、その労務管理、実は危ないです!」 これから全60回、あなたの会社を守り抜くための知恵を一緒に学んでいきましょう。
投稿者プロフィール

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木戸社会保険労務士事務所の三代目の石田厳志と申します。当事務所は、私の祖父の初代所長木戸琢磨が昭和44年に開業し、長年に渡って企業の発展と、そしてそこで働く従業員の方々の福祉の向上を目指し、多くの皆様に支えられて社会保険労務士業を行ってまいりました。
当事務所は『労働保険・社会保険の手続』『給与計算』『就業規則の作成・労働トラブルの相談』『役所の調査への対応』『障害年金の請求』等を主たる業務としており、経営者の困り事を解決するために、日々尽力しています。経営者の方々の身近で頼れる相談相手をモットーに、きめ細かくお客様目線で真摯に対応させていただきます。
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