第11回 中小企業のための給与制度設計入門:人を育て、会社も成長する仕組みとは?

1.はじめに

今回は、私たち中小企業にとって避けて通れない、だけど多くの悩みの種でもある「給与制度」について、私の考えや、これまでの取り組みの中で学んだことをお話ししたいと思います。

給与制度と聞くと、「いくら払うか」とか「どうやって人件費を抑えるか」といった、どちらかと言うとコスト管理の側面を思い浮かべる方が多いかもしれません。もちろんそれも大切です。しかし、給与制度は、実はもっと奥が深く、社員一人ひとりの成長を促し、ひいては会社の活力そのものを高めるための、強力なツールになり得ます。

巷には様々な人事・給与制度の理論や方式がありますが、初めて本格的に取り組む私たち中小企業には、難しいものや高度なものは必要ないと感じています。むしろ、シンプルで、私たちの実情に合った制度を導入することが何より大切ではないでしょうか。そして、その根底にあるべきは、社員を単なる「コスト」や「材料」「機械」として見るのではなく、「人を資産」と考え、大切に育てていくという視点だと思うのです。

2.なぜ今、給与制度の見直しが必要なのか?〜社長が抱える本音の悩み〜

給与制度について、多くの社長が共通の悩みを抱えているのではないでしょうか。例えば、

  • 「頑張っている社員とそうでない社員の差をつけたいが、どうすれば公平なのか分からない」
  • 「社員にもっと主体的に働いてもらい、やる気を引き出したい」
  • 「会社の業績が厳しい時でも、無理なく人件費を管理したい」
  • 「昔ながらの年功序列だけでは、若い優秀な社員が辞めてしまうのではないか」

こうした悩みは、まさに私自身も日々感じてきたことです。給与制度がないということは、経営者が社員の努力に関心がないことと同じだとまで言われています。社員が「自分の頑張りが正当に評価され、給与に反映されている」と感じられなければ、優秀な社員から辞めていってしまうのは当然の成り行きかもしれません。これは、会社にとって非常に重要な経営課題です。

一方で、いくら社員の評価が良くても、会社の支払う能力(つまり利益)がなければ給与は上げられません。この不景気な時代、「昇給などありえない」と考えてしまう気持ちも分かります。しかし、昇給できないことと、最初から昇給させないことは全く違います。社員の立場からすれば、やはり昇給はあることが基本であり、経営者も社員も、どうすれば昇給できるかを知恵を出し、努力し、協力することが大切なのです。

だからこそ、会社の経営状況と連動し、かつ社員の納得感を得られるような、新しい給与制度が必要になるのです。

3.給与制度の2つの大切な目的

私が考える、中小企業における給与制度の目的は、主に以下の2つに集約されます。

①予算内での人件費管理 会社の経営計画に基づき、「経営が許容できる範囲内」で昇給額を決定できる仕組みを持つことです。利益が出た時には予算が増えて昇給額も多くなる可能性がありますし、逆に厳しい時には昇給ゼロという選択肢も考えられます。重要なのは、会社の経営状態から判断して昇給額を決定すること、そして経営計画に基づいて人件費総額を管理することです。従来の賃金テーブルではこれが難しくなりがちなので、パソコンを使った計算システムなどを活用し、総人件費をしっかりと管理できる仕組みが必要になります。

②公正な金額決定 社員一人ひとりの頑張りや能力を正当に評価し、「誰が優れているか、劣っているか」という分類を目的とする相対評価ではなく具体的に「期待される能力や行動」を明らかにして、それに対する評価の結果に基づいて給与額を決めることです。社員が「自分の評価が給与にちゃんと繋がっているんだ」と納得できることは、働く意欲を高める上で非常に重要です。公平だと感じられる給与決定は、優秀な人材の流出を防ぐためにも不可欠な経営課題です。

4.基本給の構成:年齢給と能力給のバランス

給与制度の核となる基本給をどのように構成するか。色々な考え方がありますが、中小企業においては、基本給を「年齢給」と「能力給」の合計とするのがシンプルで分かりやすいと感じています。

  • 年齢給:これは、年齢によって決まる部分です。能力に関係なく、同じ年齢であれば基本的に同額としますが、一定年齢以上になると昇給が止まったり、一定額になったりする場合が多いでしょう。これは、一般的に言われる「生活に必要な給与」そのものではなく、あくまで「何歳の人が1年間勤務するといくら昇給するか」を示したグラフから決める部分です。中小企業では、給与全体が生活に必要な金額程度であることが多いため、「年齢給」という概念をなくして能力給100%にしたい気持ちもありますが、急な変更は社員の抵抗もあるため、少しだけでも残すという考え方もあります。
  • 能力給:これは、文字通り社員の「職務遂行能力」や「職務遂行上の努力度合い」によって決まる部分です。社員の能力向上や、日々の努力・行動が評価されることで、この能力給が増加します。

これに加えて、役職手当、資格手当、通勤手当などの諸手当や、時間外手当などが加算され、総支給額が決まります。給与制度を見直す際には、まずこの基本給と手当の構成をシンプルに見直すことから始めるのが良いでしょう。特に諸手当は、できるだけ本給に組み込むなどして整理することをおすすめします。

5.能力給の肝!等級制度と評価制度の連携

能力給をどのように決めるのか?ここで重要なのが、人事制度全体の基盤となる「資格等級制度」と「行動評価制度」です。

「資格等級制度」は、社員の成長の階段を示すものです。会社が社員に「期待する能力(知識や経験)」を等級別に明確に定義したものであり、社員が「何を身につければ上の等級に上がれるのか」という能力向上の目標となります。

そして「行動評価制度」は、資格等級ごとに、あるいは部署ごとに、「会社が期待する具体的な行動や努力」を明文化し、その実行度合いを評価する仕組みです。ここで言う「努力」とは、単に頑張っているという精神論ではなく、「持っている知識や技術を最大限発揮するために、どんな行動で実践しているか」ということ。例えば、「仕事を素早く行っているか」「ミスなく進めているか」「仕事の計画を立てているか」など、目で見える具体的な行動のことです。

評価は、結果だけでなく、成果に繋がるプロセスも重視すべきです。抽象的な評価項目ではなく、「何をすれば責任感が強いと言えるか」「何をすれば積極性があると言えるか」といった、具体的な行動や努力を「絶対評価」で評価することが大切です。これにより、社員は「何をどう頑張れば評価されるか」を明確に理解でき、目標を持って日々の業務に取り組むことができるようになります。評価制度を運用する一番の目的は、人を評価することではなく、人の行動や能力の弱点を明確にし、それを改善することにあるからです。そして、この評価の結果が、能力給の増減にダイレクトに反映される仕組みを作るのです。資格等級が上がり、また日々の行動や努力が評価されることで、能力給が増え、結果として月々の給与が増える。この連動が、社員の「頑張ろう」という意欲に繋がるのです。

6.昇給額と賞与額の計算:予算と評価をどう繋げるか

では、具体的に昇給額や賞与額はどう計算するのでしょうか。

昇給額は、先ほども述べたように、経営計画に基づいて算出した「人件費予算の範囲内」で決定されます。社員一人ひとりの昇給額は、その社員の「資格等級」と「評価結果」を用いて計算します。これらの情報から、あらかじめ設定したポイントや係数を使って個々の昇給額を算出し、それが人件費予算の合計額に収まるように調整を行います。この計算には、やはりパソコンソフトを活用するのが効率的でしょう。計算に用いる係数などは、初任給や年齢給の昇給幅などを考慮して設計します。年齢によって昇給額に差をつける(例:55歳以上は昇給額を抑えるなど)といった実情に合わせた調整も可能です。このプロセスでは、「モデル給与」を設計しておくことが参考になります。モデル給与はあくまで「会社の業績が計画通りに推移した場合の目安」であり、全員がその通りになるとは限りませんが、実際の昇給額決定計算に使うための仕組みとして設計しておくのです。

賞与(ボーナス)額の計算も、評価制度と連携することがありますが、給与だけでなく賞与額も評価制度で決めると捉えられがちですが、これは誤りです。賞与のための評価は、通常年2回(夏と冬)行われ、評価期間中の職務遂行成果や勤務状況などが中心となります。ただし、賞与は利益の分配という性格も持つため、評価は行わず、会社の業績のみで判断するという方法も考えられます。具体的な計算方法としては、パソコンソフトを用いて、基本給の決まった割合(〇ヶ月分)」+「役職による決まった金額(役職賞与)」+「評価と等級による金額(賞与評価分)」の合計で計算し、これが賞与の予算内に収まるように調整する方法などがあります。パート社員にも賞与を支給する場合の係数設定なども行います。この際、過去の支給額と大きくかけ離れると社員の不信感に繋がる可能性もあるため、考慮が必要です。

7.制度を形にする:給与規程の作成

設計した給与制度を、会社のルールとして明文化するのが給与規程の作成です。給与規程には、給与の原則、構成(基本給、諸手当、時間外手当など)、基本給の内訳(年齢給、能力給)、諸手当の種類と定義、給与の形態(月給、日給月給、時給など。年俸制は一般的に上位等級向け)、昇給・減給のルール、そして給与の計算期間と支払日などが詳細に定められます。

規程を作成する前には、現状の諸手当の見直し・整理や、全社員の現在の給与データを分析し、年齢別の分布や等級別のモデル賃金ゾーンを設計するといった準備作業が必要になります。特に、現状の年齢ごとの基本給の散布図や、等級ごとの基本給の散布図を作成してみることで、自社の給与実態が視覚化され、新しい制度設計の参考になります。もし現状で能力に対して基本給が高すぎる社員がいる場合には、丁寧に面談を行い、不利益変更の交渉や、能力向上のための猶予期間を設けるといった個別の対応も検討する必要があります。

8.まとめ:人を育て、会社も成長させる給与制度を目指して

給与制度の設計は、単に人件費を管理したり、給与額を決めたりするだけの作業ではありません。それは、社員一人ひとりが会社の「資産」として成長できる土壌を耕し、その能力と日々の努力・行動を正当に評価することで、社員のやる気を引き出し、結果として会社の業績向上と発展に繋げるための、生きた仕組み作りです。

資格等級制度で「期待する能力」を、行動評価制度で「期待する行動・努力」を明確にし、これらを給与制度と連携させること。そして、経営計画に基づいた予算の枠内で、評価結果に基づいて公正に給与を決定すること。これにより、社員も会社も納得できる、信頼関係に基づいたより良い働き方が実現できるはずです。

給与制度の見直しは、確かに時間も労力もかかる大変な作業です。しかし、社員が生き生きと働き、会社全体が協力して発展していくためには、避けて通れない重要な経営戦略だと強く感じています。ぜひ、「お金だけで人を働かせる」という過去の考え方から脱却し、「人を育てる」という温かい視点から、皆さんの会社に合った給与制度を考えてみていただきたいと思います。

投稿者プロフィール

石田厳志
石田厳志
木戸社会保険労務士事務所の三代目の石田厳志と申します。当事務所は、私の祖父の初代所長木戸琢磨が昭和44年に開業し、長年に渡って企業の発展と、そしてそこで働く従業員の方々の福祉の向上を目指し、多くの皆様に支えられて社会保険労務士業を行ってまいりました。
当事務所は『労働保険・社会保険の手続』『給与計算』『就業規則の作成・労働トラブルの相談』『役所の調査への対応』『障害年金の請求』等を主たる業務としており、経営者の困り事を解決するために、日々尽力しています。経営者の方々の身近で頼れる相談相手をモットーに、きめ細かくお客様目線で真摯に対応させていただきます。