第12回:制度運用と継続的改善

1.はじめに

これまで11回にわたり、中小企業のための新しい人事制度づくりについて、その考え方から具体的な設計手順までを説明してきました。なぜ今、中小企業に独自の「人を育てる人事制度」が必要なのか、従来の制度との違い、そして資格等級、行動評価、能力開発、給与といった各制度の設計について説明をしました。

そして、ついに今回が最終回となる第12回です。これまで作り上げてきた制度を、実際にどう動かし、どう活かしていくのか。そして、私たちがこの人事制度づくりを通して、本当に目指してきたものは何だったのか。今日はその「運用」と「真の目的」について、お話ししたいと思います。

2.新しい人事制度、いよいよ「運用」へ

さて、長い道のりを経て、皆さんの会社にフィットする新しい人事制度の骨組みができあがりました。資格等級規程、行動評価規程、能力開発規程、そして給与規程といった一連のルールが整備されたわけです。

しかし、制度は作っただけでは意味がありません。これを現場でしっかりと動かしていくことが何より重要です。そのために、いくつかの準備が必要になります。

まず一つは、「新しい人事制度運用の手引き」の作成と配布です。これは、制度の内容を分かりやすくまとめたもので、特に評価を行う管理者の皆さんにとって、制度を正しく理解し、運用するための羅針盤となります。

そしてもう一つ、いや、むしろこちらの方がさらに重要と言えるのが、「評価者訓練」の実施です。人事制度、特に評価制度は、「人が人を評価する」という、本来は非常に難しい営みを伴います。同じ仕組みがあっても、それを運用する「人」の心構え次第で、単なる査定制度にも、人を育てる素晴らしい制度にもなり得ます。まさに「両刃の剣」なのです。

だからこそ、評価者訓練は徹底的に行います。

  • なぜ評価をするのか? その目的をしっかりと理解してもらうことから始めます。単に等級や給与を決めるためだけでなく、頑張った人には「ありがとう」を伝え、成果が出なかった人には「指導と叱咤激励」を行うため。そして何より、部下を育てるためなのです。
  • 手引きを使って制度の内容を説明し、評価者の心構えや評価時の注意点を伝えます。
  • 評価の際に陥りやすい様々な「エラー」についても学びます。例えば、特定の一点に引っ張られる「ハロー効果」や、期末だけの行動で評価してしまう「期末効果」、あるいは観察に基づかない「推測誤差」といったものです。こういったエラーを最小限にするためには、私たちが「着眼点表」で作ったような、具体的で、目で見てわかる行動を評価の対象とすることが大切になります。
  • 評価シートの記入方法を説明し、実際に部下の評価をしてみる実践練習を行います。なぜS評価なのか、なぜC評価なのか、その理由を掘り下げ、具体的なコメント(「所見」や「具申事項」)を記載する方法を指導します。このコメント記載は、意外とできていないことが多いのですが、部下にとっては非常に重要な情報となります。
  • この評価者訓練は、評価される側の社員はもちろんですが、実は評価する管理者自身の能力向上に最も役立つのです。部下の行動や能力の弱点を明確にし、それを改善するための指導を行うプロセスを通じて、管理職は「部下を育てる力」を磨いていくことができます。

評価は、単に点数をつけることではありません。それは、部下がより高い能力を身につけ、より良い社員に育つための、指導であり、コミュニケーションの機会なのです。

3.制度導入はスタートライン:継続的な見直し

さて、新しい人事制度は、この評価者訓練を経て、いよいよ本格運用に入ります。

しかし、ここで忘れてはならないのは、制度導入はゴールではなく、あくまでスタートラインだということです。企業を取り巻く環境は常に変化しますし、会社自体も成長・変化していきます。

そのため、導入した人事制度も、その運用状況を定期的に確認し、必要に応じて継続的な見直しを行っていく必要があります。社員の声を聞き、運用上の課題を洗い出し、より会社の実情に合った、より効果的な制度へと磨きをかけていくのです。これは、経営者、幹部、管理者、そして社員の皆さん全員が、制度を「自分たちのもの」として理解し、関わっていくことで初めて可能になります。

「60点・導入主義」という言葉もありましたが、完璧を目指すよりも、まずは運用を開始し、そこから改善を重ねていく柔軟な姿勢が、中小企業には重要なのではないでしょうか。

4.人事制度の真の目的:「自律社員」の育成

この一連の人事制度づくりプロジェクトを通して、私が最も強くお伝えしてきたかったこと。それは、人事制度の真の目的は、「人を育てること」にあるということです。

従来の、特に大企業向けの人事制度には、疑問を感じる点が多々ありました。成果主義や業績主義といった名のもとに、人をコストと考え、成果が出ない者は減給やリストラが待っている、という「脅しの人事」になってしまっているケースが少なくありませんでした。それは、一時的に成果を上げるかもしれませんが、永続的な制度としてはうまくいかないと考えています。人を単なる材料や機械のように扱うのではなく、人を「資産」と考え、育て、能力を発揮してもらうことで利益を出す、この考え方が重要です。

私たちが目指してきた人事制度は、他の従業員と比べて誰が優れているか、誰が劣っているかを分類する相対評価 や、過去の行動の欠点探し を目的とするものではありません。

そうではなく、

  • 「望まれる社員像」「期待する従業員像」を明確にすることから始まります。
  • それは、単なる抽象的な項目ではなく、「どんな仕事ができなければならないか」という能力と、「職務知識を最大限発揮するためにどんな行動・努力で実践しているか」という努力(行動) に分解し、具体的で、目に見える行動として示します。
  • そして、評価制度や能力開発制度を通じて、社員一人ひとりが、その「期待される行動・努力」を理解し、実践できるよう支援し、能力向上を促すのです。

資格等級制度は、社員がどのようなステップで成長していくべきか、その道筋を示すものです。行動評価制度は、その成長過程での行動や努力を評価し、フィードバックすることで、さらなる成長を後押しするものです。能力開発制度は、目標設定や様々な機会提供を通じて、社員の能力向上を具体的に支援する仕組みです。そして給与制度は、能力と努力に基づき、予算の範囲内で公正に処遇を決定することで、成長へのモチベーションとするものです。

これらの制度が一体となって機能することで、単に会社から指示されて動くのではなく、自ら考え、自ら目標を設定し、能力を高め、行動できる、「自律性のある社員」が育つのです。これが、私たちが目指してきた人事制度の、そしてこのプロジェクトの真の目的です。

経営者は単に社員を雇用しているのではなく、社員の人生を預かっているのです。その人生が、やりがいのあるものとなるよう、会社は人を育てる仕組みを提供する責任があります。同時に、社員自身も、やりがいを他者に依存するのではなく、自ら作り出していく姿勢が大切です。新しい人事制度は、その双方を後押しするものです。

5.人事制度が創るもの:好ましい企業文化

「自律社員」が育つと、何が変わるでしょうか?

社員一人ひとりが、会社の理念や経営方針を理解し、具体的な行動に移せるようになります。目標に向かって主体的に取り組み、互いに協力し、能力を高め合う文化が醸成されます。前向き、協力、誠実、感謝といった要素が職場に根付き、 働く楽しみや喜び、自己実現ができる好ましい企業風土が生まれます。

人事制度は、単なる管理ツールではありません。それは、会社の経営方針や戦略を社員全員に浸透させ、実践を促し、それを評価に反映させることで、まさに「戦略実践の伝導軸」となるのです。そして、社員の能力向上と主体的な行動は、結果として生産性を高め、企業の発展へと繋がります。

この「人を育てる人事制度」は、皆さんの会社の巨大な資産である「人」の能力を目覚めさせ、引き出し、会社全体の力を高めるための「しくみ」です。それは、競争に打ち勝ち、時代の変化に対応し、そして社員全員が「ここで働いていてよかった」と感じられる、働きがいのある企業を創り出すための、強力な礎となるはずです。

6.最後に

中小企業にとって、人事制度づくりは初めての経験であることがほとんどでしょう。難しい理論や複雑な仕組みは必要ありません。大切なのは、自社の社員にとって本当に役立ち、「働きがい」に繋がる、シンプルで分かりやすい制度を、社員と共に作り、運用していくことです。

この12回にわたるプロジェクトを通じて、皆さんはその第一歩を踏み出し、自社ならではの「人を育てる人事制度」を形にされました。これは、社員自身の幸せづくりであり, かつ企業の発展のための取り組みです。この制度が、皆さんの会社と社員の皆さんにとって、さらなる飛躍の大きな力となることを心から願っています。

長い間、お付き合いいただき、本当にありがとうございました。この制度を、ぜひ皆さんの手で、生き生きと運用してください。そして、社員の皆さんと共に、会社をもっともっと素晴らしい場所にしていきましょう。

投稿者プロフィール

石田厳志
石田厳志
木戸社会保険労務士事務所の三代目の石田厳志と申します。当事務所は、私の祖父の初代所長木戸琢磨が昭和44年に開業し、長年に渡って企業の発展と、そしてそこで働く従業員の方々の福祉の向上を目指し、多くの皆様に支えられて社会保険労務士業を行ってまいりました。
当事務所は『労働保険・社会保険の手続』『給与計算』『就業規則の作成・労働トラブルの相談』『役所の調査への対応』『障害年金の請求』等を主たる業務としており、経営者の困り事を解決するために、日々尽力しています。経営者の方々の身近で頼れる相談相手をモットーに、きめ細かくお客様目線で真摯に対応させていただきます。